天願大介のなまずブログ

2015年3月9日

お薦めコメディ映画

数年前、日本映画大学の機関誌『日本映画大学だ!』のアンケートに書いたもの。映画人たちが毎年違ったテーマで推薦必見映画を10本選出することになっていて、この年のテーマは「ジャンル」。荒井晴彦は「ポリティカル・サスペンス」緒方明は「青春映画」中原俊「ロマンポルノ」青山真治「脱獄映画」、などなど読み物として面白い。啓蒙が目的なのに映画を語れば「私」が激しく入ってしまうのである。
俺はもちろんコメディを選んだ。文句なく全国民に推薦できる10本だ。

ここでは「笑わせる」こと自体を目的として作られた映画をコメディ映画と呼ぶ。
馬鹿ばかしい、下らない、非常識、意味不明、下品、悪趣味、幼稚、予定調和といった他ジャンルで軽蔑される要素があってもかまわない。むしろあった方がいい。「下らない」とか「下品」という言葉はコメディでは褒め言葉で、価値観をひっくり返し世間の顰蹙を買うことこそコメディの勲章なのだ。だからこそ知識がなければコメディは楽しめない。笑うためには勉強が必要だし笑わせるならなおさらだ。もう一つ、コメディをシチューエションとスラップスティックに二分する古くさい分類法は無視してよい。どちらかの要素しかないコメディ映画など存在しないからだ。

製作年度順

●『ブレージングサドル』監督メル・ブルックス1974年
ある時期停滞したアメリカのコメディを牽引したのはメル・ブルックスとウディ・アレンだった。インテリ好みのアレンとは違いブルックスは徹底的にベタな笑いを追求する才人でどの映画も下品で幼稚、見事に下らない。特にこの映画は彼の好む様々な要素がぎゅうぎゅうに詰まっている。ブルックス映画にはユダヤ系コメディアンらしい人種差別ネタとナチスネタ、狂ったミュージカルシーンが必ずある(それと多くのエピゴーネンを生んだメタ映画的ギャグも)。

●『モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン』監督テリー・ジョーンズ1979年
モンティ・パイソンはコメディに革命を起こした。以降彼らの影響を受けないコメディは存在しない。本作はパイソン映画の頂点である。西欧最大のタブーであるキリストをモチーフにしたこの映画は長い間各国で上映禁止となった。笑わせること、顰蹙を買うことは簡単ではない。文字通り命賭けなのだ。磔になった主人公と罪人たちの歌う「ALWAYS LOOK ON THE BRIGHT SIDE OF LIFE」の素晴らしさを見れば、ぎりぎりであることがいかに美しいかわかるだろう。

●『ワンダとダイヤと優しい奴ら』監督チャールズ・クリクトン1988年
モンティ・パイソンのリーダー、ジョン・クリースの主演映画(脚本も)。盟友マイケル・ベイリンも出演している。洒落の効いたストーリーに魅力的な(笑える)人物設定、ブラックなギャグとシモネタ、切れのあるラスト、コメディのお手本ともいうべき映画である。本作のクリースにはモンティ・パイソン時代の狂気は見えないが、コメディアンとしての円熟した技術(『フォルティ・タワーズ』は必見)が見られる。ケビン・クラインは本作でアカデミー助演男優賞を受賞した。

●『ブロードウェイのダニー・ローズ』監督ウディ・アレン
アレンは初期にドタバタもあるが、マシンガンのように喋る芸風で、次第に会話の妙で笑わせるようになっていった。どの映画も懐古趣味でロマンティック、反マチズモである。コメディ映画にはコメディアン自体を描くものも多く大抵は面白くない。しかしこの映画は芸人出身のアレンが駄目な芸人の世界を愛情豊かに描いて素晴らしい。日本人だとベタベタな人情喜劇にしてしまうところを、そうしないのが世界標準だということ。どちらが余韻が残るかは明白だ。

●『不思議惑星キン・ザ・ザ』監督ゲオルギー・ダネリヤ1987年
ヨーロッパのコメディ映画は全体に軽みに欠けるというか笑いの純度も密度も低く(余計な重苦しいテーマを入れたがる)、その代わり泥臭さや不条理は得意で、特にロシア東欧には独特のリズムがあり優れた映画が多い。この作品の理解に苦しむ展開は非スラブ圏の映画ファンに衝撃を与えた。「笑わせる」ことを目的にせず重々しく深刻に作っているのに「笑える」(マカヴェイエフにも通ずる)。美術も面白いが何といってもグルジアを代表する作曲家ギア・カンチェリの音楽が素晴らしい。

●『ジム・キャリーはMr.ダマー』監督ピーター・フェレリー1994年
フェレリー兄弟の作品ではこのデビュー作だろう。文句なく下らない。大手映画会社に「糞みたいな脚本だ」と罵倒され、なかなか製作出来なかった。爆発的に売れる寸前だった主演のジム・キャリーに対抗するため、共演のジェフ・ダニエルズは撮影前に頭を激しく振って脳を揺らし続けたという。そういった感動的な努力の結果、技術的にはまだ未熟でもこんなにもチャーミングなコメディが完成し世界的大ヒットになったのだ(邦題はひどいが)。何度見ても感動してしまう、この映画はもう古典である。

●『少林サッカー』監督チャウ・シンチー 2001年
チャウ・シンチーの中ではこれが一番よい。サッカーと功夫の組み合わせに目が行くが、その裏側に近代化が進み人々から忘れられ滅びかけている神々を集め再生させるという物語が隠れていて、アジアに生きる我々には共感出来る。チャウ・シンチーは激しいアクションと無表情ポーカー・フェイスのギャップが売り物で、泥臭さの中に妙なモダニズムがある。随所に散りばめられたギャグにも何というか落語的なセンスを感じ、アジアのコメディの可能性を示してくれた。

●『ラットレース』監督ジェリー・ザッカー 2001年
追いかけっこはコメディの定番である。大勢で競争するという使い古された手にまだまだ可能性があることを示した作品。ザッカーだしどうせ大味だろうと思いきや、達者な役者たちが果てしなく下らない場面を演じ続け、奇跡的に密度の濃い映画になった。移動する大勢の登場人物たちそれぞれに見せ場を作り的確に捌いていく監督の手腕もお手本通り。座長はジョン・クリース(この作品では狂気が爆発している)で舎弟のローワン・アトキンソンが異常な男(というか人間とは思えない)で怪演。

●『俺たちニュースキャスター』監督アダム・マッケイ 2004年
この十年ウィル・フェレルと彼の仲間(フラット・パック)がアメリカのコメディを牽引していたのは間違いない。「サタデー・ナイト・ライブ」出身で、大人の男がガキのようにふざけるという例のパターンの繰り返しなのだが、芸はしっかりしていてギャグの弾数は多く質も高い(一世代前のスティーブ・マーティンたちがぬるく見える)。邦題に「俺たち」とつく作品群(何の関連もない)の中ではこれが一番よい。TVメディアを徹底的に茶化し、一つも心に残らない。立派なものだ。※その後続編が作られた。それも悪くはなかったが、本作と続編で異常な脇役を演じたスティーブ・カレルの『俺たちスーパー・マジシャン』は必見。

●『エージェント・ゾーハン』監督デニス・デューガン2008年
イスラエルとパレスチナの対立をモチーフにした大傑作。これほど危険な題材を下らないコメディにしたアダム・サンドラーは凄い(製作と脚本)。その心意気と覚悟は感動的で何度見ても心が揺さぶられる。現場でもパレスチナ系とユダヤ系の俳優たちの間に緊張があったという。しかし映画を撮ることで対立は対話に変化していった。素晴らしい。「笑わせる」と「怒らせる」は紙一重、現実の世界はこうはいかないなんて野暮なことを言うべからず。作り手も観客もそんなことは百も承知、コメディとは世間の顰蹙を買いながらも常に希望を語るジャンルなのだから。※サンドラーは自分の会社で次々に下らない映画を連発している。尊敬できる男だ。最近では『俺のムスコ』がアメリカ的家族主義を全否定していて素晴らしかった。