天願大介のなまずブログ

2014年11月8日

ヒルの王国






手の皮は硬いらしく、彼は柔らかい部分を探して旅をするのだった。写真ではわからないが、アスリート並の速さだ。彼らの身体能力は高い。
助監督岩淵君が休憩中に蛭を退治している。
岩淵君は馴れた手つきで蛭に煙草攻撃を仕掛ける。
蛭に噛まれた勇者たちは血を流しながら仕事を続ける。

『赤の女王』のロケハンのときのことだ。カメラの位置を決めるため撮影の古谷さんと畑の畦道を歩いてポジションを探っていると、地元の人が何やら向こうで叫んでいる。立ち入ってはいけないところに入っていたのかと思って、よく聞いてみたら、そこに立っているとヒルにやられるぞ、と叫んでいるのだ。
前の晩に雨が降り、どんより暑い日で、我々の足首は湿った草むらの中にあった。
「こういう日はヒルがうようよ出る」とそのおじさんは断言した。
水の中に棲むヒルもいるが、陸にいるのはヤマビルだ。 ヤマビルは環形動物門ヒル綱顎ヒル目ヒルド科のヒルで、吸血動物であり、見た感じもとても気持ち悪い。 3センチぐらいで真ん中が少し膨らんで細長く、暗い土色をしていて、枯れ葉や土の上にいると目を凝らさないとちょっとわからない。これが息を吹きかけたりすると立ち上がる。両端に吸盤がついていて、その前の端を空中に持ち上げて身体をびよんと伸ばし(急に伸びる)、そのまま頭を垂れ下げてゆらゆらと揺らすのである。物凄く気持ち悪い。
靴を履いていても吸盤を使って素早く這い上ってくる。尺取り虫的動きで予想よりずっと速い。そのままズボンの中に潜り込んだり靴の中に入っていって血を吸うのだ。
噛まれても痛みはないので気づかない。傷口に顎を突っ込んでゆっくり時間をかけて吸血する。見ているとどんどん信じられないほど膨らむ。お腹は血でどす黒く変色し、パンパンに丸くなるまで吸ったら満足して自然に落下する。食いついたら一時間近く吸っているらしい。あんなに細いヤツが驚くほど膨れあがる。実に恐ろしい。
噛んだときに血が凝固しない成分(ヒルジン)を傷口に注入する。ヒルが落ちた後も効果は持続していて吸われた側の血は流れ続ける。気づいたときは足からだらだら血が流れているわけだ。靴下や服が汚れて始末に悪い。
もちろん危険なのは足だけではない。ヒルは木の上で待ち伏せて落下攻撃もするので首筋とか顔や頭も要注意だ。俺は警戒して長靴を履いていたけど長靴だって安全ではない。這い上って上の縁から内部に潜り込むのである。長靴を脱いだら血だらけヒルだらけということもある。
吸血したヒルは落下し、何をしているかというと産卵してどんどん増えるのだ(ヒルは雌雄同体だが「互いに首を絞めあうような形で」交尾するらしい)。地元の人は血を吸ったヒルは絶対に殺せと言う。これがまたしぶとくてなかなか死なない。力一杯踏んでも平然としている。何度も何度も踏みにじるようにして潰して、その死を確認しないと安心できない。

『赤の女王』は田舎の話なのであらゆる撮影場所にヒルは潜んでいた。人に付いて移動するから車の中にも家の中にもいたりする。女優さんが怖がらないように、大したことないけど少し注意してね、などと言っていたのだが、やがてスタッフの足首やふくらはぎが血だらけでも誰も驚かなくなった。首筋だとちょっと脚光を浴びる。
助監督の津軽出身の岩渕君は最初は出血に驚いていたが、そのうち「僕、気にしないことにしました」と宣言し、物凄い数噛まれていた。ヒルに優しい男だ。痕が赤く残る人もいるけど岩渕君はそうでもなくヒルに強い体質なのだろう。やはりここでも強い者は優しかった。
もし噛まれたら絶対に引っ張ってはいけない。簡単に千切れないし千切れたら顎が残ってしまうからだ。煙草の火を近づけるとヒルは厭がって落ちる。塩を嫌うので草むらの撮影のときは大相撲のように塩を撒いたが、畑ではそうもいかない。地元の人たちは塩水に浸した布を長靴の口に巻き付けるという。アルコールや酢も効果があるとか。
とにかく不気味な生物であった。しかし我々が撮影していたのは千葉だ。東京のすぐ近くですよ。聞くと以前より増えているという。牛舎の親方は、悪いもんばかりが増える、と嘆いていた。
つまり、温暖化とともに高温多湿の日本はやがてヒルの国になるのだ。これは冗談ではない。必ずそうなる。地下鉄でOLたちのふくらはぎが血だらけでも、家族がデング熱にかかっても誰も話題にもしなくなる。すべては変化していく。おそらく親方のいうように「悪いもんばかり増える」方向へと。その先は? ヒルよりずっと不気味で恐ろしいものたちが日本に攻め込んできて、「ヒルはよかったなあ」と懐かしむ日々が訪れるのだ。
ヒルの撮影もちょっと考えたんだけど、あまりに小さいし動きが速いので諦めた。だから画面には映っていない。今回は画面の外の話である。