天願大介のなまずブログ

2014年2月14日

月船さららさんのこと

この映画では嘉子は探偵役だ。名探偵といえるかどうかは疑問だが、強気で適当な女探偵である。これは嘉子が初めて不気味なものの存在を感じる場面。

『魔王』のヒロイン嘉子は月船さららさんである。
月船さららは宝塚の男役だった。
宝塚の男役というのは俳優術としてはかなり特殊なことを要求されるわけで、女だからといってそれを捨てればすぐ女優になれるかというと、そう簡単ではない。
月船さんは美女の花園を飛び出しハードルを乗り越えて女優になり、小劇場の芝居や映画に出演する。映画といっても俺の映画だったりするので、やはり普通のタカラジェンヌではない。
あるとき、出口結美子さんという無名塾出身の女優さんと演劇ユニットを立ち上げたいと相談された。
俳優というのは声がかかるのを待つ仕事だ。映画では、かなり出番のある役でもせいぜい一週間前後の参加、ほとんどは一日二日の役だ。年間十本の映画に出演しても実働月平均一週間あるかないか。仕事の合間の長い時間、彼らは気持ちを持続させながら声がかかるのをひたすら待つ。俳優はタフな仕事なのである。
待つうち、自分から発信したいと誰もが思う。しかしそれを実行する人は少ない。そのとき、月船さんと出口さんの目はマジだった。居酒屋での激論の末、女優二人のユニット名はmetroに決まった。
metroの芝居はやや実験的でアングラ色が濃く、それは俺が作・演出ということが大きいのだが、二人の女優の指向もどういうわけだか「アングラLOVE」だったのである。
出口さんが突然結婚引退することになって月船さんは一人残され、しかしmetroを続けることを選んだ。月船さんが結婚した後もmetroは続いた。その後制作はジェイクリップと共同になったが、裏も表もこなす月船さんのエネルギーは半端ではない。なかなか凄い顔ぶれのスタッフもキャストも、彼女の「芝居したい」という純粋な気持ちと、どんなに苦しくても攻めの姿勢を忘れない根性があるからこそ、ついてきてくれるのだと思う。
もともと巨大な劇場で踊ったり歌ったりしていた月船さんは、スケールが大きくインパクトがある。前にも書いたが、内側からはみ出してくる圧力がある。そして、細かいリアルだけではない絵空事もやれるのだ。これは最近の「ナチュラルという型」が主流の中、なかなか貴重なことだと俺は思っている。
日本はどのジャンルも俳句的というか軽量級の層が厚く高く評価される国で、微細な技術やセンスの差を競い合いたがる(大喜利が大好き)。洗練といえばそうだけどあまりに狭くないか。世界標準は中重量級で、スピードやテクニックだけでは勝てない。一撃で相手を沈めるパンチ力が必要だ。かつては日本にもそういう作家や俳優がごろごろしていたんだけど。

撮影期間中1日だけ雨になった。小降りになるのを待って無理矢理撮る。この場面で嘉子の驚くべき過去が明らかになり、わけのわからなさが加速していく。

嘉子は生活感のない正体不明の女で、俗でありながら超然としていて美しくなければならない。好奇心強く即座に決断行動する女。ドイツ語を喋り、若松武史さん演じる魔王と互角に闘い(かなり変わった方法だが)、魔王と同格もしくは格上の女神として君臨しなければいけない役だ。
『魔王』は予算こそないが軽量級の映画にはしない。最初から中重量級を目指す。だからこそ、ヒロイン嘉子役は月船さんがいいと思ったのである。
月船さんが演じる嘉子は、自由で攻撃的でちょっと愛嬌がある感じ。アクション・シーンのほとんどない映画だけど、嘉子だけは鋭いパンチも重い膝蹴りも見せてくれます。