天願大介のなまずブログ

2014年1月22日

魔王のロケ場所

『魔王』の撮影が終わった翌日、これを書いている。
『魔王』の脚本を書いて、まずロケ場所を探さねばならない。何となく北関東(茨城あたり)をイメージして書いたが、ちょっと遠すぎる。もう少し近いところはないか。弟(プロデューサー)が走り回って見つけてきたのは千葉の養老渓谷だった。探しているとそのあたりに条件に合った物件がぽつぽつ見つかってきた。
低予算映画ほどロケ場所が大切で、それは風景があるからだ。
地形、道、建物、植物、それぞれの土地にはそれぞれ独特の魅力がある。町並みを眺めるだけでもその土地の歴史、文化、生活が透けて見える。風景は物語を支える最重要ポイントなのだ。我々は土地の力を借りて映画を撮っているのである。

名水の里・久留里のメインストリート。近くには久留里城がある。この通りになまず映画の雑魚寝合宿所はあった。

ロケハンでは映画の運が試される。決まりかけた場所が突然駄目になったり、偶然意外な場所を発見したり、一喜一憂二転三転しつつ、最終的には養老渓谷から近い久留里という町がロケ場所候補に浮上した。
久留里はお城があって名水の里でもあり、いたるところに湧き水や井戸があって酒造がいくつもある。いい感じの路地や古い建物が多く、道行く人たちが自然に挨拶を交わすような小さな町だ。サイズが小さいからコンパクトにまとまっていて、どうってことないようでいてちょっと面白い場所が沢山ある。夜になるとメインストリートも無人に近くなって、店はほぼ閉まり静かで星空がとても近い。
俺は久留里を気に入った。しかしロケ場所というものは、もちろん脚本のイメージに近いことが最優先なんだけど、様々な条件のバランスで決めないといけない。映画というものは厭になるほど現実的なのである。
ここは千葉も内陸なので東京からかなり遠い。日帰りは可能だが、一年で一番日の短い時期(日没16時半)なのでそれではロスが多すぎる。往復の時間と金を計算してみると予算に嵌まらない。なまず映画は撮るだけではなく上映することも目的なので、予算は増やしたくない。
さんざん悩んだ結果、完全合宿で乗り切ることにした。今村プロ方式である。
久留里の警察の隣、ロケ場所にお借りした一軒家を根城にすると決めた。そこに俺も技師も助手もぎゅうぎゅうになって雑魚寝して撮影するのだ。もちろん主演俳優や女性スタッフなど数人はすぐ近くの古い旅館に泊まっていただく。明治の建築で風格はあるがホテル的快適さとは違う。素泊まりだし。
しかし映画人というものは実にタフで、ほとんど眠れないスケジュールでも毎晩酒宴になる。ほんの一瞬寝て朝また撮影に飛び出していく。一日が長く区切りがないので時間の感覚がなくなり、数日過ぎると、俺もずっとここに住んでいるような錯覚を抱くようになった。

映画ではここが「喜久夫の家」。数年前まで老夫婦がお住まいだった。その雰囲気のまま撮影させていただいた。

久留里に点在するロケ場所を移動しながら我々は撮影を敢行した。久留里の人々は、貧乏な上に狂っている山賊自主映画集団に、呆れながらも親切に接してくれて、感動的なことがいくつもあった。心から、本当に心から感謝しています。
久留里から少し離れた大多喜という、山の中にある土地でも撮影した。俺は『デンデラ』で一冬山形に籠もって結構レベルの高い寒さを体験したんだけど、ここがまた痺れるように寒い。建物の中に逃げ込んでも食いつくように寒い。畳が寒さで弾力を失い硬くなっていて、そのうち足の裏の感覚が無くなる。
あまりの寒さに深夜焚き火をしていた俳優の松浦君が、みぞれが一瞬雪に変わりましたと後で教えてくれた。千葉をナメてはいけない。
我々は千葉の町や山や川を走り回って昼も夜も『魔王』を撮影した。アドレナリン全開で飛ばしていたから、いつから風呂に入っていないのか思い出せない。
予備日の昼まで撮影して何とかクランクアップ、その日のうちに東京に戻った。
高速を降りて新宿の雑踏を見たときに、こんなに近かったのかとあらためて驚く。体感的に物凄い遠いところで延々やっていた気がするのだ。気付けばいつの間にかクリスマスも過ぎ大晦日の前日だった。
撮影行為というものは、やはり面白い。気力体力知力持っているあらゆる能力を絞り尽くし、ついには運まで使い果たす。終わったらカラカラになる。
しかし監督の仕事は撮影までで半分、この後、第二の現場、仕上げが待っているのである。